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世界最高級コーヒー(スペシャルティコーヒー)をくつろぎ空間で楽しめる谷根千のカフェ

TEL.03-3821-3933

〒113-0031 東京都文京区根津1-22-10

オーナーOWNER

カウンターから出会いが生まれる

この店の真骨頂はカウンターにある。スタッフは、カウンター席の客に気さくに声をかける。それをきっかけに、たまたま隣り合わせた客同士が言葉を交わす。老若男女、世代や職業を超えた付き合いが生まれていく。
「店をオープンするときから、カウンターは絶対に作ろうと思っていました。初めて来た方も、ぜひここに座って、私たちとの会話に入ってほしい。このカフェを、人と人をつなげる交差点にしたいんです。」
彼は、生まれてからずっと、背骨の病気の一つ「二分脊椎症」を抱えてきた。足がうまく動かず、感覚障害がある。20歳代の時にはがんを2度患っている。だが、そのんあ過酷な経験もポジティブな姿勢でくぐり抜けてきた。
「せっかく身体障がい者としてこの世に生まれてきたんだから、それを十分に楽しまなきゃもったいない。このカフェを始めたのも、障害がつくり出してくれた環境があったからなんです。」
通りのいい声。早口で小気味いい話しぶり。この人の強い意志がそこにも感じられる。

バリアフルで「バリアフリー」を

店で出すコーヒーは「スペシャルティコーヒー」と呼ばれる高品質なものだ。フェアトレードで仕入れられているトップクラスの豆を選び抜いている。鮮度あるおいしいコーヒーを客に味わってほしいと「焙煎したて」「挽きたて」「淹れたて」を大事にする。
店内は、いわゆるバリアフリーになっていない。入ってすぐのところには10cmほどの段差がある。暖色系のほのかな照明は視覚障がい者にはつらいかもしれない。
「実はわざとバリアフルにしたんです。困っていることがあったら、私たちに声を掛けてほしくて。人とのつながりも生まれるし、少しあるバリアを何らかの方法で乗り越えられれば、自信にもなりますよね。そんな当たり前の姿が、当たり前にある光景がうれしいんですよ。」
「設備を整えること=バリアフリー」ではない。心のバリアフリーが大事なのだ。それは自身の経験から育まれた思いだった。。

障がい者だからこそ、できることがある

二分脊椎症は生活上の困難を伴う病気だが、両親は幼いころから自立を促した。小学生の頃には身の回りのことは全部自分でこなした。患者会「日本二分脊椎症協会」の活動にも積極的に参加。高校時代には、同会のキャンプや運動会などのイベントを中心となって関わるようになった。
元気に活躍する彼の姿は、同じ病気の子を持ち不安を抱える親たちを励ました。「話を聞かせて」と度々求められた。「こんな自分でも役立っているんだ」。乞われることが嬉しかった。障がい者だからこそ、できることがあると感じていく。

2度のがんも克服し、脱サラを決意

だが大学3年の時、新たな試練が襲う。「精巣腫瘍(がん)」を発症したのだ。病床で不安と闘いながら考えた。障害を持つ身から、将来は医療に関わりたいと思っていたが、がんを患い、その気持ちがさらに強くなる。
半年後に退院。大学卒業後は製薬企業に入社する。
ところが、会社員生活1年目が終わろうとする頃、がんが再発。転移もしていた。
「死への恐れを感じました。不安で、涙が自然に出てくる日も少なくありませんでした。」
しかし、今度も持ち前のプラス思考で乗り越えていく。「治る可能性があるから治療しているんだ」「同じ病室の方と話をすることは人生の糧になる」・・・。
およそ1年後に職場に復帰。だが一方で、どこか満たされなかった。
「いろいろな人が出会いの中で、人生が楽しく豊かになる場、高校生頃に患者会でやったイベントのような空間を街の中につくりたい」
時が経るにつれ、その思いは強くなる。考えていきついた先が「カフェ」というスタイルだった。おいしいコーヒーを飲みながら、誰もが気軽に言葉を交わせるスペースを夢に描いた。そして、ついに独立を決意する。

写真:がんで闘病中の鈴木

人をつなぐ「イベントカフェ」として

会社の仕事に励む傍ら、休日には各地のカフェを回った。接客の仕方、コーヒーの味、空間づくりなどを見て、店のイメージを磨いた。カフェを開くことを妻は応援してくれた。両親は先行きを案じたが「やると決めたら絶対にやる」という彼の性格を心得ていて、認めてくれた。
こうして2007年2月、13年ほど在籍した会社を退職。具合的な準備に取り掛かる。起業家セミナーで起業や経営のノウハウを学び、異業種交流会に参加し人脈作りにもいそしんだ。コーヒーに関する知識や技術も身につけ、日本スペシャルティコーヒー協会が認定するコーヒーマイスターの資格も取得した。
店は、商店街の活気がある下町に構えようと考えていた。下町は高齢化が進んでいる。お年寄りの力になりたかった。
入念な準備の末、2008年4月1日に「みのりCafe」がオープンする。当初は売上が厳しい状態も、やがて地元の人たちに親しまれ、着実に客は増えていった。
現在は、「イベントカフェ」として、年間200回を超す様々なイベントを開催し、出会いの場を演出している。
毎週金曜日の夜には、カフェバーとして営業している。そこでは必ず彼がカウンターに立つ。「コーヒーやワイン、食事を囲んで、気ままにおしゃべりしているだけなんです。ご来店される方には、OL、学生、主婦、医療者、近所の方々、いろんな方から得るものが多くて、とても面白い場になっているんですよ。」


人をつなぐ「イベントカフェ」として

彼自身もイベントで講師を務める。実は彼は大学の看護学科の非常勤講師でもある。みのりCafeにおける講師の一つの顔は「コーヒーセミナー」だ。生産地による飲み比べ、コーヒー豆の選び方、抽出方法、ブレンド方法などを惜しげもなく伝えていく。
さらに、カフェ開業を目指す人を対象にした「カフェオーナーなるには講座」でも自分の店のことをつぶさに話す。資金調達方法から物件の探し方、業者とのやり取り、実際にかかった開業資金まで教える。
「聞かれれば、売上額も教えています。『えっ、ここまでオープンにしちゃっていいの?』と参加した方は驚きますよ(笑)」
朝日新聞社のサイトで連載している病気との付き合い方をブログ形式でつづる「のぶさんの患者道場」も、二分脊椎症やがんを患った経験が元になっている。
そのいずれからも「自身の経験をシェアしたい」という思いがうかがえる。
「根本にあるのは、何かのお役の立てれば、という発想なんです。私には、特殊な技術や能力はない。自分にできるのはこれまでの人生から学んだものをお伝えすることだと思うんです。」
大学や企業などでも講演する機会が多い。
2010年には患者と医療者、医薬企業の連携を目指す「患医ねっと」を結成、2014年には株式会社化し、代表取締役となった。2011年には特定非営利活動法人(NPO法人)患者スピーカーバンクを患者スピーカーバンクを設立し理事長に就任する。
カフェの経営と、医療に関する活動と、やりたいことはまだまだたくさんある。
「障がいがあるからこそ、これまでいろんな方と関われて、刺激をいただけた。だからいまの自分が『障がいは楽しい』と思えるんです。」
笑顔で自然体でこう語る姿が、いっそうまぶしく映った。



企業診断2011年3月号Work Goes Onより抜粋(一部改変)

     

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